<トリスタンとイゾルデあらすじや簡単な解説>
<2019.5.定期演奏会向け>

●あらすじ
<大略>
 英国西南部のコルンヴァル国の、国王の甥トリスタンが、叔父王の妃になるべき島国アイルランドの王女イゾルデを船で迎えにいき、その帰路彼女と相愛関係におちいり、帰国後もともに愛の夜を礼賛したため、叔父王の家臣に討たれ、イゾルデもそのあとを追って「愛の死」をとげる

<もう少し詳しく>
前史(この部分は劇中の場面にはない部分で、劇中の語りの中でわかる筋である)
 島国アイルランドの若い勇将「モロルト」は、王女「イゾルデ」の許嫁だったが、コルンヴァル国への遠征で、コルンヴァル国王「マルケ王」の甥「トリスタン」との一騎打ちに敗れて死んだ。しかし勝った「トリスタン」も重傷をおって海上をただよい、敵国アイルランドの王女「イゾルデ」の元にたどり着いた。王女は「タントリス」と名乗るこの重傷者が仇敵「トリスタン」であることをみぬきながらも心を惹かれて、秘伝の医術で治療し故国へ送り返した。しかし、(仇敵だが心惹かれている)トリスタンが思いもかけず叔父であるコルンヴァルの老「マルケ王」の妃として自分を推薦し、しかも使者となって自分を迎えにきたので彼女は「トリスタン」に愛憎の混じった思いでなやんでいる。

第一幕
コルンヴァルに向う船上、複雑な思いに悩む「イゾルデ」は侍女「ブランゲーネ」に命じて、死の薬を用意させる。その薬を「トリスタン」に差し出すと「トリスタン」もあえて飲むが、「イゾルデ」も残りの薬を飲み干す。二人とも死を覚悟したのだが、実は薬は「ブランゲーネ」に「愛の薬」にすり変えられており、二人は激しい愛におちいる。しかし、船は花嫁「イゾルデ」を祝福するコルンヴァルに着くのだった。

第二幕
狩りにでかけた「マルケ王」の隙をねらい、若い王妃「イゾルデ」と「トリスタン」はひそかに会う。二人は昼の明るさを呪い、夜の永遠の愛を誓う。そこへ「マルケ王」が手下の「メロート」に導かれてその場にやって来て二人の仲を知る。「トリスタン」は「メロート」の剣にみずから刺され重傷を負う。

第三幕
「トリスタン」は故郷のブルターニュに帰っているが、重体である。部下の「クルヴェナール」は「トリスタン」の傷を治すために「イゾルデ」を呼びよせているがまだ着かない。やがて「イゾルデ」の船が見える。「トリスタン」は、はやる心をおどらせ包帯を引きちぎり、「イゾルデ」の腕の中で絶命する。「愛の薬」の話を聞きすべてを許すつもりで「イゾルデ」を追って「マルケ王」がやってくるが、行き違いから「クルヴェナール」も「メロート」との戦いの中で死ぬ。「イゾルデ」も「トリスタン」の後を追って死んでいく。

前奏曲と愛の死について
愛の死の場面は、第3幕でイゾルデが、この世のものではない精神で歌う全曲最後の場面。
また「愛の死」のメロディは第2幕第2場でもつかわれており、「トリスタンとイゾルデの『と』が切り離されたら私たちは死んでいく」というような歌詞で二人で歌われている。(後述)
また、前奏曲の冒頭の部分は第一幕の最後の方の第5場で、二人が愛の薬の飲む場面からとられている。だいたい第1幕の最後から5分くらいのあたりである。(後述)

ワーグナーの当時のようす
 ローエングリンの完成後、借金や暴動?への参加などの事情からワーグナーはスイスに逃げていた。生活に困っていたワーグナーを支えた実業家の妻とワーグナーは恋愛におち、「トリスタン」の詩が書かれたが、ワーグナーは失恋?してヴェニスで「トリスタン」を完成させる。その後上演されない6年間を経たのち、若きバイエルン王ルートヴィヒ2世(バイロイト歌劇場も建立)がワーグナーのパトロンとなり、「トリスタン」はミュンヘンで初演される。(初演の指揮者の妻は、ワーグナーの子供を生み、のちワーグナーの妻となり、バイロイトを支えていくコジマ)。トリスタンの次の作品は「ニュルンベルクのマイスタージンガー」である。 

トリスタン伝説とワーグナー
 ヨーロッパではトリスタン伝説が下地にあり、大筋は皆が頭に入っている。トリスタン伝説やトリスタン物語ではトリスタンがイゾルデの許嫁と決闘するシーンや2人がマルケ王をあざむく場面や2人目のイゾルデの登場など多くのシーンがあるが、ワーグナーはその伝説や物語から3つの場面だけを取り出し、凝縮している。トリスタンという名前は「悲しみの子」という意味。そもそもトリスタンとイゾルデはやっぱり不倫の物語、トリスタン伝説ではさらにそのイメージがより濃い。

ワーグナーの「トリスタン」(個人的な意見も含まれています)
 ワーグナーのオペラは長い。「トリスタン」は全体で4時間半。イタリアオペラのような美しいアリア、絢爛華麗な舞台やバレエもない。合唱団も舞台には登場せず、舞台上の人物も少なく、全曲中で舞台上4人も死ぬのにかかわらず、そのシーンが特に劇的に盛り上がるわけでもない。しかしながら、尋常ではない緊張感がずーっと流れている不思議なオペラである。トリスタンとイゾルデの特徴は 

i)頻繁な転調と半音階の使用で、和声が解決しないので、いつも不安な感じ、満たされない永遠に続くような感じが終始する。(前奏曲不思議な感覚が全曲を支配している。全曲の最後も解決していないような?感覚がある。)

ii)3つのシーンに集約して筋も簡潔なのだが、その分人物ひとりひとりの内面の動きや心情が大半を占めていて、その内面の心情を詩にしたものをワンカットシーンでひとりや少ない人数でかなり長く歌う。したがって外面的表面的な劇的効果はあまり考えられていない。

iii)元のトリスタン伝説よりも「愛」と「死」の意味が凝縮強調されている。「死の薬」→「愛の薬」のアイデアと「死へのあこがれ」はワーグナー独自のものである。

iv)(言葉はあまり適当ではないかもしれないが)全曲が結局は以下の5人の痴情のもつれとイチャイチャであり、さすがに芸術に高められていても、こんなオペラってありなのかな、そもそもこういう曲を書いても良いのかな、いやあ当時の聴衆はどう思ったのかな? という感じをかなり思う。

 登場人物
トリスタン、クルヴェナール(部下だが友人)
イゾルデ、ブランゲーネ(侍女だが友人)
マルケ王(イゾルデの夫)

おまけ
有名なオペラを初演順に並べてみると、トリスタン1865、アイーダ1871、カルメン1875、トスカ1900であり、この特異なオペラの前衛性がわかる。こういう曲も書けるんだ。書いても良いんだ。と多くの作曲家は思っただろう。「トリスタン以前」「トリスタン以降」と音楽史が分けられてしまうような衝撃があったのではないか。
また、ワーグナーはオペラの台本は自分で書いているが、1000ページを超えるスコアだけでなく、その台本を書いた作曲者として(他にもレオンカヴァッロやボーイトなどもいるけれども)ワーグナーは歴史上きわめて稀有な存在であろう。  

関心のある方のための参考書や音源など
「トリスタン伝説とワーグナー」石川栄作 平凡社
トリスタン伝説の概要がよくわかります。ワーグナーの「トリスタン」の特異さや20世紀21世紀のトリスタン映画などのついても書いてあります。参考書の紹介の多数
 

名作オペラブックス「トリスタンとイゾルデ」 音楽の友社
ヴェーゼンドンク夫人への手紙とか、ゲネプロでのワーグナーの挨拶、ミュンヘン初演様子の記録分(舞台のスケッチや指揮者のカリカチュアも含む)、さまざまな理論家の論文が対訳に加えて書いてあります。もちろん初演者の画像や衣装もわかります。しかし一般むけではありません。 

ルートヴィヒ2世と音楽 音楽の友社
ルートヴィヒ2世とワーグナーの関係がわかりますが、ワーグナーの死で本文がほとんどが終わるので、その後のルートヴィヒはわかりません。 

全曲のスコアはDOVER版が見やすく安く良いと思います。オイレンブルク版は見にくいです。 

DVDは多数ありますが、「読み替え演出」や簡素化した演出が多いので、そうなんだと心してから見る必要があります。DVDを買わなくてもネット上にバレンボイムやメータなどがでてくると思います。(愛とか死とか不倫とか)そもそも象徴化しやすい内容だとも考えられるので、演出はいろいろあります。

Tristan und Isolde youtube など英語やドイツ語で検索した方がみつかり易いです。

前奏曲や愛の死やすぐにわかるかと思うので、前奏曲や愛の死に直接音楽的に関係のある部分

バレンボイムのバイロイトのyoutube↓で 
https://www.youtube.com/watch?v=IdjFBW-S3z0

●前奏曲の冒頭の部分は第一幕の最後の方の第5場で、二人が愛の薬の飲む場面からとられている。
●「愛の死」のメロディは第2幕第2場でもつかわれており、「トリスタンとイゾルデの『と』が切り離されたら私たちは死んでいく」というような歌詞で二人で歌われている。

この2つの部分を見ると、前奏曲と愛の死の参考になると思います。

youtubeでは日本語訳がでないのが残念なんですが、だいたいの大意を下記に書きます。探しやすいようにyoutubeの時間も書いておきます。 

※冒頭から 1.14.00  あたり 
ここで二人が薬を飲みます。(舞台では飲むようには見えませんが・・・)急に前奏曲のメロディが始まり曲想と二人の雰囲気ががらっと変わります。
(大意)
ああ心が高まる/幸せに燃えるこの楽しさ/この上ない愛の喜び
 

※冒頭から2.13.00 あたり 
再会したふたりは死へのあこがれや永遠のふたりというように歌います。このあとマルケ王があらわれ、トリスタンは重傷を負い、第3幕では二人は生きては会えません。
(大意)
こうして私たちは死んだのです永遠にひとつになって/おそれず名もなく/愛につつまれ/ただ愛にのみ生きるために
愛の死よ/おまえに抱かれ/やさしい闇につつまれて/広大無辺の境地に/永遠無限に/この上ない愛の喜び 

この2か所の部分だけ見るだけでも、前奏曲と愛の死の雰囲気はかなりつかめると思います。 

この場面があっての、前奏曲と愛の死なのだと思いますから